共通テスト「歴史総合,日本史探究」重要年代・因果関係カード

年号の丸暗記ではなく、重要事件の前後関係・原因・結果まで日本語で反復できる非公式の学習カード。

Sellest kaardipakist

共通テスト「歴史総合,日本史探究」で土台になる重要年代と歴史の流れを、全150枚の日本語カードで復習します。原始・古代から現代までを年代順に進み、歴史総合で重なる世界史との接続も確認できます。

このカードは、学習指導要領と大学入試センターの問題作成方針を範囲確認に使い、年代・因果関係の基礎練習に絞っています。資料の読解、仮説の検証、多面的な考察、実際の出題形式を置き換えるものではありません。

練習する想起

  • 重要な出来事から、年・年代・時期を答える(22枚)。
  • 本当に基準点になる年・年代から、出来事を答える(56枚)。
  • 複数の出来事を前後関係で並べる(13枚)。
  • 背景や原因から、起きた出来事を答える(22枚)。
  • 出来事から、主な結果や次の変化を答える(26枚)。
  • 政治・社会・外交の転換点で、前後の違いを比べる(11枚)。

すべての年号を逆向きでも問うカード、語呂合わせ、人物名だけの網羅、文化作品だけの細かな暗記、公式問題を模した選択問題は収録していません。原始・古代、中世、近世、近代、現代の順に前提を積み上げ、同じ出来事の近いカードは、前提関係と年代順を優先しながら可能な範囲で離して配置します。

範囲の確認には大学入試センターと文部科学省の公開情報だけを使い、カードの歴史事実と説明は、博物館・図書館・公文書館などの独立した資料を照合して新しく書きます。公式試験問題、正解、採点資料、学習指導要領の文章、市販教材、他社カードはコピーしません。CC0の表示は、作成者が権利を持つ独自の問い、説明、構成、メタデータ、生成メディアに適用できる範囲を示し、歴史上の事実、第三者の名称や商標の所有を主張するものではありません。

本カードは独立して作成した非公式教材であり、独立行政法人大学入試センターとの提携、後援、承認、推奨を示すものではありません。同センターのロゴ、公式の意匠、問題文、正解、採点資料は使用していません。最新の要項・出題方法・問題作成方針は大学入試センター「試験情報」で確認してください。

Selle kaardipaki kaardid

  1. Kaart 1

    Küsimus

    弥生時代・旧石器時代・縄文時代を、古いものから順に並べると?

    Vastus

    旧石器時代 → 縄文時代 → 弥生時代。境界の年代には地域差がある。

  2. Kaart 2

    Küsimus

    縄文土器、狩猟・採集、定住が広がった時代は?

    Vastus

    縄文時代。始まりと終わりには地域差がある。

  3. Kaart 3

    Küsimus

    水稲農耕と金属器が広がり、社会の階層化が進んだ時代は?

    Vastus

    弥生時代。大陸からの技術は、地域差を伴いながら広がった。

  4. Kaart 4

    Küsimus

    縄文から弥生へ、生業と社会はどう変わった?

    Vastus

    狩猟・採集中心から水稲農耕中心へ移り、富の蓄積と社会の階層化が進んだ。これは主な傾向で、地域差もある。

  5. Kaart 5

    Küsimus

    邪馬台国と卑弥呼が中国史料に現れるのは何世紀?

    Vastus

    3世紀。邪馬台国の所在地には諸説がある。

  6. Kaart 6

    Küsimus

    239年、卑弥呼は魏との外交で何をした?

    Vastus

    魏へ使者を送り、親魏倭王の称号を受けた。

  7. Kaart 7

    Küsimus

    弥生後期から古墳時代へ、首長の墓と結びつきはどう変わった?

    Vastus

    地域ごとの首長墓から、大型の前方後円墳を共有する広域的な首長間の結びつきへ変化した。統一国家の完成を意味するとは限らない。

  8. Kaart 8

    Küsimus

    百済から仏教が公的に伝わったとされる年は?

    Vastus

    538年説と552年説。宮廷がそれ以前に仏教を知っていた可能性もある。

  9. Kaart 9

    Küsimus

    仏教受容は古代国家と文化に何をもたらした?

    Vastus

    寺院造営や大陸文化の受容を進め、国家の制度・文化形成を後押しした。

  10. Kaart 10

    Küsimus

    593年、推古朝で聖徳太子は何になった?

    Vastus

    推古天皇の摂政。

  11. Kaart 11

    Küsimus

    小野妹子らを隋へ派遣した代表的な年は?

    Vastus

    607年。遣隋使には、大陸の制度や文化を学ぶ目的もあった。

  12. Kaart 12

    Küsimus

    645年の政変と改革の起点は?

    Vastus

    乙巳の変。蘇我氏を倒した政変を起点に、大化改新の政策が進められた。

  13. Kaart 13

    Küsimus

    乙巳の変の後、政治改革はどの方向へ進んだ?

    Vastus

    豪族中心の支配を改め、天皇を中心とする中央集権化を目指す大化改新へ進んだ。改革は段階的だった。

  14. Kaart 14

    Küsimus

    改新の詔が出された年は?

    Vastus

    646年。中央集権化を目指す制度改革の方向が示された。

  15. Kaart 15

    Küsimus

    663年の東アジアの戦いは?

    Vastus

    白村江の戦い。倭は百済復興を支援して唐・新羅連合軍と戦い、敗れた。

  16. Kaart 16

    Küsimus

    白村江敗戦後、国内の防衛と国家形成はどう進んだ?

    Vastus

    九州などの防衛整備が進み、中央集権化が加速した。敗戦はその促進要因の一つだった。

  17. Kaart 17

    Küsimus

    672年の皇位継承争いは?

    Vastus

    壬申の乱。天智天皇の死後に起きた皇位継承をめぐる内乱。

  18. Kaart 18

    Küsimus

    701年、律令国家整備の基準となった法典は?

    Vastus

    大宝律令。中央・地方の統治制度を体系化した。

  19. Kaart 19

    Küsimus

    710年の遷都先は?

    Vastus

    平城京。奈良時代の基準となる都。

  20. Kaart 20

    Küsimus

    口分田不足と開墾促進に対応した743年の法は?

    Vastus

    墾田永年私財法。開墾地の私有を認め、のちの私有地拡大につながった。

  21. Kaart 21

    Küsimus

    752年、東大寺で行われた国家仏教の大行事は?

    Vastus

    大仏開眼会(大仏開眼供養)。4月9日に行われた。

  22. Kaart 22

    Küsimus

    平安京・平城京・長岡京を、古いものから順に並べると?

    Vastus

    平城京(710年) → 長岡京(784年) → 平安京(794年)。

  23. Kaart 23

    Küsimus

    794年の遷都先は?

    Vastus

    平安京。平安時代の始まりを示す基準年。

  24. Kaart 24

    Küsimus

    遣唐使の派遣停止が決まった年は?

    Vastus

    894年。公式使節の停止であり、大陸との交流そのものが途絶えたわけではない。

  25. Kaart 25

    Küsimus

    平将門・藤原純友の乱の鎮圧後、武士の役割はどう変わった?

    Vastus

    武士の軍事力が中央政治でいっそう重みを持つようになった。反乱の鎮圧を担ったことが台頭を後押しした。

  26. Kaart 26

    Küsimus

    摂関政治から院政へ、権力の主導はどう変わった?

    Vastus

    藤原氏の摂政・関白中心から、退位した上皇が院庁を通じて主導する形へ移った。院政は1086年以後に本格化した。

  27. Kaart 27

    Küsimus

    平氏政権の成立・保元の乱・平治の乱を、古いものから順に並べると?

    Vastus

    保元の乱(1156年) → 平治の乱(1159年) → 平氏政権の成立(12世紀後半)。

  28. Kaart 28

    Küsimus

    1156年の中央政争は?

    Vastus

    保元の乱。朝廷内の対立に武士が本格的に動員された。

  29. Kaart 29

    Küsimus

    平治の乱の慣用年は?

    Vastus

    1159年。平治元年12月に始まり、西暦では1160年初めに戦闘が終わった。

  30. Kaart 30

    Küsimus

    保元・平治の乱の後、中央政治で優位に立った勢力は?

    Vastus

    平清盛を中心とする平氏。武士が中央政界で主導権を強めた。

  31. Kaart 31

    Küsimus

    源平の内乱(治承・寿永の乱)の期間は?

    Vastus

    1180~1185年。平氏が敗れ、源氏の優位が固まった。

  32. Kaart 32

    Küsimus

    1185年前後、朝廷と武家の関係はどう変わった?

    Vastus

    朝廷・貴族中心の体制に、鎌倉の武家政権が並立する形へ移った。幕府の成立は段階的だった。

  33. Kaart 33

    Küsimus

    1185年の守護・地頭設置承認は、武家支配をどう変えた?

    Vastus

    武家による地方支配を全国へ広げる足場になった。

  34. Kaart 34

    Küsimus

    1192年、源頼朝が任じられた役職は?

    Vastus

    征夷大将軍。1192年は将軍就任年で、幕府の唯一の成立年ではない。

  35. Kaart 35

    Küsimus

    後鳥羽上皇が幕府打倒を図った1221年の戦乱は?

    Vastus

    承久の乱。朝廷と鎌倉幕府の権力対立が表面化した。

  36. Kaart 36

    Küsimus

    承久の乱後、幕府の西国・朝廷支配はどう強まった?

    Vastus

    六波羅探題を置き、朝廷の監視と西国支配を強化した。

  37. Kaart 37

    Küsimus

    1232年、武家社会の裁判基準として制定された法は?

    Vastus

    御成敗式目(貞永式目)。土地紛争などを武家社会の慣習に沿って裁く基準となった。

  38. Kaart 38

    Küsimus

    弘安の役・文永の役を、古いものから順に並べると?

    Vastus

    文永の役(1274年) → 弘安の役(1281年)。

  39. Kaart 39

    Küsimus

    元の服属要求に続いた二度の日本遠征は?

    Vastus

    蒙古襲来(元寇)。元・高麗などの軍が1274年と1281年に北部九州へ来攻した。

  40. Kaart 40

    Küsimus

    蒙古襲来後、御家人と幕府の関係はどう弱まった?

    Vastus

    新たな恩賞地を与えにくく、御家人の不満と困窮が強まった。これが幕府弱体化の一因になった。

  41. Kaart 41

    Küsimus

    御家人の所領喪失・困窮に対応した1297年の法は?

    Vastus

    永仁の徳政令。売却・質入れされた所領の回復を図ったが、御家人の困窮を根本解決できなかった。

  42. Kaart 42

    Küsimus

    鎌倉幕府が滅亡した年は?

    Vastus

    1333年。後醍醐天皇側の挙兵と武士の離反が重なり、北条氏の政権が終わった。

  43. Kaart 43

    Küsimus

    建武の新政の時期は?

    Vastus

    1333年末~1336年ごろ。後醍醐天皇が朝廷中心の政治を再建しようとした短期政権。

  44. Kaart 44

    Küsimus

    建武政権崩壊後、朝廷と武家政権はどう並立した?

    Vastus

    南朝と北朝が分裂し、足利氏の武家政権も成立した。南北朝の対立は1392年まで続いた。

  45. Kaart 45

    Küsimus

    1392年の政治的転換は?

    Vastus

    南北朝の合一。二つの朝廷の分裂が終わった。

  46. Kaart 46

    Küsimus

    1404年に始まった明との公的貿易は?

    Vastus

    勘合貿易(日明貿易)。勘合を用いて倭寇と公的な貿易船を区別した。

  47. Kaart 47

    Küsimus

    1428年、徳政を求めて広がった一揆は?

    Vastus

    正長の土一揆。近畿を中心に借金帳消しなどを求める動きが広がった。

  48. Kaart 48

    Küsimus

    応仁の乱の期間は?

    Vastus

    1467~1477年。京都を荒廃させ、室町幕府の権威を大きく低下させた。

  49. Kaart 49

    Küsimus

    応仁の乱後、中央と地域の権力はどう変わった?

    Vastus

    幕府の統制が弱まり、各地の大名など地域権力の自立が進んだ。戦国期への移行を促した。

  50. Kaart 50

    Küsimus

    山城国一揆の開始年と継続期間は?

    Vastus

    1485年から約8年間。国人と農民が協力して地域支配を行った。

  51. Kaart 51

    Küsimus

    1543年、種子島に伝わった武器は?

    Vastus

    鉄砲。国産化と普及が進み、戦術の変化を促した。

  52. Kaart 52

    Küsimus

    1549年、日本にキリスト教を伝えた来訪は?

    Vastus

    フランシスコ・ザビエルの来日。鹿児島に到着し、日本でのキリスト教布教が始まった。

  53. Kaart 53

    Küsimus

    織田信長が足利義昭を奉じて上洛した年は?

    Vastus

    1568年。信長は京都を押さえ、足利義昭を将軍に据えた。

  54. Kaart 54

    Küsimus

    1573年、室町幕府を終わらせた出来事は?

    Vastus

    織田信長による足利義昭の追放。将軍追放を室町幕府終焉の基準とする。

  55. Kaart 55

    Küsimus

    1582年、織田信長が倒れた事件は?

    Vastus

    本能寺の変。信長の死によって、統一事業の主導権が移る転換点になった。

  56. Kaart 56

    Küsimus

    本能寺の変後、統一事業の主導権はどう移った?

    Vastus

    豊臣秀吉が主導権を握った。秀吉は信長の統一事業を引き継ぎ、諸勢力を服属させた。

  57. Kaart 57

    Küsimus

    一揆を抑え、武士と農民の秩序を固定するため、秀吉が1588年に出した政策は?

    Vastus

    刀狩令。農民らの武器を集め、兵農分離と身分秩序の固定を進めた。

  58. Kaart 58

    Küsimus

    豊臣秀吉が全国統一をほぼ完成した年は?

    Vastus

    1590年。小田原攻めで関東の有力な対抗勢力を破り、全国統一の基準年となった。

  59. Kaart 59

    Küsimus

    慶長の役・文禄の役を、古いものから順に並べると?

    Vastus

    文禄の役(1592年)→慶長の役(1597年)。いずれも豊臣秀吉による朝鮮侵略だった。

  60. Kaart 60

    Küsimus

    二度の朝鮮侵略の主な帰結は?

    Vastus

    朝鮮社会を荒廃させ、秀吉の死後に日本軍が撤退した。侵略は朝鮮に大きな人的・物的被害を残した。

  61. Kaart 61

    Küsimus

    1600年、徳川政権の成立につながった戦いは?

    Vastus

    関ヶ原の戦い。徳川家康の勝利が全国支配を固める大きな基盤になった。

  62. Kaart 62

    Küsimus

    1603年、江戸幕府開始の基準となる出来事は?

    Vastus

    徳川家康の征夷大将軍就任。幕藩体制はその後も段階的に整えられた。

  63. Kaart 63

    Küsimus

    豊臣氏滅亡・大坂夏の陣・大坂冬の陣を、古いものから順に並べると?

    Vastus

    大坂冬の陣(1614年)→大坂夏の陣(1615年)→豊臣氏滅亡。これにより徳川政権への大きな対抗勢力が消えた。

  64. Kaart 64

    Küsimus

    大名統制と城郭制限を制度化した1615年の二政策は?

    Vastus

    武家諸法度と一国一城令。大名の行動と城の数を制限し、幕府の統制を強めた。

  65. Kaart 65

    Küsimus

    1635年の武家諸法度で制度化された大名統制は?

    Vastus

    参勤交代。大名が江戸と領国を往復する仕組みを制度化し、幕府の統制を支えた。

  66. Kaart 66

    Küsimus

    重い年貢・領主支配・キリシタン弾圧を背景に、1637〜1638年に起きた反乱は?

    Vastus

    島原・天草一揆。宗教弾圧だけでなく、苛酷な支配や負担も背景にあった。

  67. Kaart 67

    Küsimus

    ポルトガル船の来航を禁じ、海禁をさらに強めた年は?

    Vastus

    1639年。海禁は複数の政策で段階的に強化され、この年を単一の「鎖国開始」とはみなさない。

  68. Kaart 68

    Küsimus

    1641年にオランダ商館が出島へ移された後、対外交易はどうなった?

    Vastus

    長崎でオランダ・中国との交易が続いた。海禁下でも、管理された対外関係は途絶えなかった。

  69. Kaart 69

    Küsimus

    海禁強化の前後で、日本の対外関係はどう変わった?

    Vastus

    広い交易から、長崎・対馬・薩摩・松前などの窓口に限る関係へ変わった。対外交流を断絶したのではなく、幕府が窓口を管理した。

  70. Kaart 70

    Küsimus

    生類憐みの令が相次いで出された時期は?

    Vastus

    徳川綱吉期の1680年代以後。単一の法令ではなく、人や動物の保護を命じた政策群だった。

  71. Kaart 71

    Küsimus

    上方中心の町人文化と商品経済が発展した時期は?

    Vastus

    17世紀末〜18世紀初めの元禄期。都市と商品経済の成長を背景に、町人文化が栄えた。

  72. Kaart 72

    Küsimus

    徳川吉宗の享保の改革が行われた時期は?

    Vastus

    1716〜1745年ごろ。幕府財政の立て直しを軸に進められた。

  73. Kaart 73

    Küsimus

    幕府財政の悪化と米価・年貢問題への対応として行われた改革は?

    Vastus

    享保の改革。徳川吉宗が年貢の確保や米価への対応を進め、幕府財政の再建を図った。

  74. Kaart 74

    Küsimus

    1787年に始まった松平定信の改革は?

    Vastus

    寛政の改革。幕府財政と社会秩序の立て直しを目指した。

  75. Kaart 75

    Küsimus

    1825年に、清・オランダの公認貿易船を除く外国船を追放対象とした法令は?

    Vastus

    異国船打払令。清・オランダの公認貿易船を除く外国船を打ち払う方針を示し、のちの政策緩和との対比になる。

    土器を思わせる曲線から寺院・城郭、蒸気機関車、現代都市へ続く、日本史の抽象的な時間軸。

    150 kaarti

    共通テスト「歴史総合,日本史探究」重要年代・因果関係カード

    Õpi seda kaardipakki tasuta

    Nibomo avaneb, et saaksid õppimist alustada.

  76. Kaart 76

    Küsimus

    1830年代の飢饉・社会不安・幕府財政難への対応として行われた改革は?

    Vastus

    天保の改革。飢饉後の複合的な危機に対し、幕府の財政と統制の立て直しを図った。

  77. Kaart 77

    Küsimus

    1841年に始まった水野忠邦の改革は?

    Vastus

    天保の改革。幕府財政と社会秩序の再建を目指したが、強い統制策は反発を招いた。

  78. Kaart 78

    Küsimus

    異国船打払令(1825年)から薪水給与令(1842年)へ、外国船対応はどう変わった?

    Vastus

    打払から補給へ緩和した。1842年には、来航した外国船へ燃料や水を与えて退去させる方針に変えた。

  79. Kaart 79

    Küsimus

    1853年、日本に軍事的圧力をかけて来航した艦隊は?

    Vastus

    ペリー艦隊。アメリカ東インド艦隊が浦賀沖に現れ、開国を求めた。

  80. Kaart 80

    Küsimus

    1854年に日米間で結ばれた開港・補給の条約は?

    Vastus

    日米和親条約。下田・箱館を開き、アメリカ船への補給と下田への領事駐在を認めた。

  81. Kaart 81

    Küsimus

    1858年に結ばれた通商条約群は?

    Vastus

    日米修好通商条約を含む安政五カ国条約。通商開始と不平等条約体制の基準になった。

  82. Kaart 82

    Küsimus

    安政の通商条約は国内政治に何をもたらした?

    Vastus

    勅許をめぐる対立と攘夷論を強め、幕府の権威を低下させた。条約調印が朝廷・幕府・諸藩の政治対立を深めた。

  83. Kaart 83

    Küsimus

    欧米の産業化・蒸気船・太平洋進出が強めた日本への圧力は、どの出来事へつながった?

    Vastus

    ペリー来航と開港要求。通商・補給の需要に軍事圧力も重なり、幕府は開国を迫られた。

  84. Kaart 84

    Küsimus

    アヘン戦争で清が敗れたことは、日本の海防にどう影響した?

    Vastus

    幕府・諸藩の海防強化と、西洋の軍事技術への関心を促した。清の敗北は、欧米の軍事力を身近な脅威として意識させた。

  85. Kaart 85

    Küsimus

    幕府に対抗する薩摩藩と長州藩の提携は?

    Vastus

    薩長同盟(1866年)。両藩の協力は、倒幕勢力がまとまる足場になった。

  86. Kaart 86

    Küsimus

    1867年、徳川慶喜が政権を朝廷に返した出来事は?

    Vastus

    大政奉還。政権の返上であり、幕府がその場で完全に消滅したわけではない。

  87. Kaart 87

    Küsimus

    鳥羽・伏見の戦い・王政復古・大政奉還を、古いものから順に並べると?

    Vastus

    大政奉還(1867年)→王政復古(1867年)→鳥羽・伏見の戦い(1868年)。政権返上、新政府樹立、旧幕府勢力との武力衝突の順。

  88. Kaart 88

    Küsimus

    1868年、新政府の基本方針を示したものは?

    Vastus

    五箇条の御誓文。新政府が政治の基本方針を掲げた。

  89. Kaart 89

    Küsimus

    廃藩置県・版籍奉還を、古いものから順に並べると?

    Vastus

    版籍奉還(1869年)→廃藩置県(1871年)。領地・人民の返上を経て、藩を府県へ置き換えた。

  90. Kaart 90

    Küsimus

    岩倉使節団が欧米に派遣された期間は?

    Vastus

    1871~1873年。条約改正の予備交渉と、欧米の制度・産業の調査を目的とした。

  91. Kaart 91

    Küsimus

    廃藩置県の主な結果は?

    Vastus

    藩を廃して府県を置き、中央政府の地方統治を強めた。全国の統治が直ちに一様になったわけではない。

  92. Kaart 92

    Küsimus

    1873年、全国的な兵役制度を整えた法令は?

    Vastus

    徴兵令。身分制的な軍事力から国民軍へ移る基準となった。

  93. Kaart 93

    Küsimus

    1873年、地価を基準に土地税を金納させた改革は?

    Vastus

    地租改正。地租改正条例により、米納中心から地価を基準とする金納へ転換した。

  94. Kaart 94

    Küsimus

    国民国家と帝国主義競争が進む19世紀、明治政府が進めた国内改革は?

    Vastus

    中央集権化・徴兵・地租改正・産業化を柱とする明治改革。外圧への対応と国内の国家形成が結びついていた。

  95. Kaart 95

    Küsimus

    征韓論政変後、政府批判と国会開設要求が広がった運動は?

    Vastus

    自由民権運動。1874年以後、国会開設や憲法制定を求める動きが各地へ広がった。

  96. Kaart 96

    Küsimus

    1877年、士族反乱と徴兵軍が衝突した戦争は?

    Vastus

    西南戦争。大規模な士族反乱を政府の徴兵軍が鎮圧した。

  97. Kaart 97

    Küsimus

    1881年、1890年の国会開設を約束したものは?

    Vastus

    国会開設の勅諭。自由民権運動が続くなか、政府は国会開設の時期を示した。

  98. Kaart 98

    Küsimus

    1885年、太政官制に代えて始まった制度は?

    Vastus

    内閣制度。内閣総理大臣と各国務大臣を置く統治機構へ改めた。

  99. Kaart 99

    Küsimus

    1889年に発布された憲法は?

    Vastus

    大日本帝国憲法。翌年の帝国議会開設へ続く立憲体制の枠組みを定めた。

  100. Kaart 100

    Küsimus

    1890年に初めて開かれた議会は?

    Vastus

    帝国議会。第1回帝国議会が開かれたが、衆議院選挙権は一部の男子に限られていた。

  101. Kaart 101

    Küsimus

    帝国議会・大日本帝国憲法・内閣制度・国会開設の勅諭を、古いものから順に並べると?

    Vastus

    国会開設の勅諭(1881年)→内閣制度(1885年)→大日本帝国憲法(1889年)→帝国議会(1890年)。

  102. Kaart 102

    Küsimus

    欧米の制度調査と自由民権運動は、明治日本の政治制度にどう影響した?

    Vastus

    内閣・憲法・議会を備える立憲国家の形成を促した。外国制度の調査と国内の政治要求が重なった結果だった。

  103. Kaart 103

    Küsimus

    日清戦争の期間は?

    Vastus

    1894~1895年。朝鮮をめぐる清との対立から始まり、日本の帝国拡大につながった。

  104. Kaart 104

    Küsimus

    日清戦争後、台湾・賠償金・東アジアの勢力関係はどう変わった?

    Vastus

    台湾の植民地化、清からの賠償金獲得、東アジアの勢力関係の変化。日本の帝国拡大は、支配される側の主権喪失を伴った。

  105. Kaart 105

    Küsimus

    1902年、ロシアを牽制する外交関係として結ばれた同盟は?

    Vastus

    日英同盟。東アジアでロシアの勢力拡大を警戒する日本とイギリスが結んだ。

  106. Kaart 106

    Küsimus

    日露戦争の期間は?

    Vastus

    1904~1905年。満州と朝鮮をめぐる日本・ロシア間の帝国戦争だった。

  107. Kaart 107

    Küsimus

    日露戦争後、日本の朝鮮支配はどう進んだ?

    Vastus

    朝鮮を保護国化して外交権を奪い、併合へ進んだ。韓国側にとっては主権を失う過程だった。

  108. Kaart 108

    Küsimus

    1910年、日本が韓国の主権を奪って植民地化した出来事は?

    Vastus

    韓国併合。日本は韓国を併合し、植民地支配を始めた。

  109. Kaart 109

    Küsimus

    韓国併合・日露戦争・日清戦争を、古いものから順に並べると?

    Vastus

    日清戦争(1894~1895年)→日露戦争(1904~1905年)→韓国併合(1910年)。戦争と植民地化を通じて帝国支配が拡大した。

  110. Kaart 110

    Küsimus

    1914年、日本が参戦した世界規模の戦争は?

    Vastus

    第一次世界大戦。日本は日英同盟を理由に参戦し、中国と太平洋でドイツ権益を攻撃した。

  111. Kaart 111

    Küsimus

    米価高騰とシベリア出兵を見込んだ買い占めを背景に、1918年に広がった運動は?

    Vastus

    米騒動。富山の女性や地域住民の動きが報道を通じて全国へ広がった。

  112. Kaart 112

    Küsimus

    第一次世界大戦は日本経済と物価に何をもたらした?

    Vastus

    輸出と工業生産が伸びる大戦景気と、物価上昇。景気拡大の一方で、生活費の高騰が社会不安を強めた。

  113. Kaart 113

    Küsimus

    米騒動の全国的拡大・日本政府のシベリア出兵宣言・ロシア革命を、古いものから順に並べると?

    Vastus

    ロシア革命(1917年)→シベリア出兵宣言(1918年8月2日)→米騒動の全国的拡大(同年8月3日以降)。この順序は、革命が米騒動を直接起こしたという意味ではない。

  114. Kaart 114

    Küsimus

    米騒動で寺内内閣が退陣した後、1918年に成立した政権は?

    Vastus

    原敬の本格的政党内閣。閣僚の多くを立憲政友会員が占めた。

  115. Kaart 115

    Küsimus

    1925年、衆議院選挙権を広げた法律は?

    Vastus

    普通選挙法。25歳以上の男子に選挙権を広げたが、女性は対象外だった。

  116. Kaart 116

    Küsimus

    1925年、思想・政治運動の抑圧に使われた法律は?

    Vastus

    治安維持法。政府が反体制とみなす思想や運動を取り締まる制度になった。

  117. Kaart 117

    Küsimus

    普通選挙法と治安維持法が同じ1925年に成立した結果、どんな政治構造が生まれた?

    Vastus

    政治参加の拡大と、思想・政治運動への統制が併存した。二つの法律は大正期政治の相反する動きを同時に制度化した。

  118. Kaart 118

    Küsimus

    世界恐慌と金解禁後のデフレが重なって深刻化した日本の恐慌は?

    Vastus

    昭和恐慌。世界不況に国内の金融・物価政策が重なり、農村や企業を圧迫した。

  119. Kaart 119

    Küsimus

    1931年、日本軍が中国東北部への侵略を広げた出来事は?

    Vastus

    満州事変。関東軍の行動を起点に軍事占領が拡大した。

  120. Kaart 120

    Küsimus

    二・二六事件・五・一五事件・満州事変を、古いものから順に並べると?

    Vastus

    満州事変(1931年)→五・一五事件(1932年)→二・二六事件(1936年)。軍部の政治的影響が強まる過程に位置づく。

  121. Kaart 121

    Küsimus

    世界恐慌後の保護貿易と経済圏の分断は、日本の対外政策にどう作用した?

    Vastus

    対外膨張を促す圧力の一つになった。世界恐慌から侵略へ一直線に進んだのではなく、国内政治や軍部の行動も重なった。

  122. Kaart 122

    Küsimus

    満州事変への国際連盟の批判とリットン報告書を受け、日本が1933年に行ったことは?

    Vastus

    国際連盟からの脱退を通告した。満州での軍事行動への国際的批判に日本政府が反発した結果だった。

  123. Kaart 123

    Küsimus

    日本の降伏・太平洋戦争開始・日独伊三国同盟・日中戦争全面化を、古いものから順に並べると?

    Vastus

    日中戦争全面化(1937年)→日独伊三国同盟(1940年)→太平洋戦争開始(1941年)→日本の降伏(1945年)。ポツダム宣言受諾の公表は8月15日、降伏文書調印は9月2日。

  124. Kaart 124

    Küsimus

    日中戦争の長期化に対応し、1938年に人的・物的資源の動員を制度化したものは?

    Vastus

    国家総動員法と総力戦体制。日本本土だけでなく、植民地にも動員と統制が広がった。

  125. Kaart 125

    Küsimus

    敗戦と連合国占領のもとで、非軍事化・民主化を進めた一連の政策は?

    Vastus

    占領改革。日本政府や国内の諸勢力も関わりながら、政治・社会・経済制度が組み替えられた。

  126. Kaart 126

    Küsimus

    1946年11月3日に公布された憲法は?

    Vastus

    日本国憲法。施行日は翌1947年5月3日で、公布日とは異なる。

  127. Kaart 127

    Küsimus

    1945年の選挙法改正は、女性の政治参加に何をもたらした?

    Vastus

    女性参政権の実現。1946年の総選挙で女性が初めて投票し、女性議員も当選した。

  128. Kaart 128

    Küsimus

    戦後の農地改革は地主制と自作農をどう変えた?

    Vastus

    地主制を縮小し、自作農を増やした。小作地の買収・売り渡しによって土地所有の構造が変わった。

  129. Kaart 129

    Küsimus

    1947年5月3日に施行された憲法は?

    Vastus

    日本国憲法。公布は1946年11月3日だった。

  130. Kaart 130

    Küsimus

    大日本帝国憲法から日本国憲法へ、主権・権利・統治原理はどう変わった?

    Vastus

    天皇主権から国民主権へ移り、基本的人権の保障と平和主義が統治の柱になった。

  131. Kaart 131

    Küsimus

    1951年に調印された、日本と連合国との講和条約は?

    Vastus

    サンフランシスコ平和条約。発効は翌1952年4月28日だった。

  132. Kaart 132

    Küsimus

    平和条約の発効で占領が終わり、日本が主権を回復した日は?

    Vastus

    1952年4月28日。沖縄などは同時に日本の施政権下へ戻らず、米国の施政権下に残った。

  133. Kaart 133

    Küsimus

    1945年前後、日本の国際的位置は帝国・植民地支配からどう変わった?

    Vastus

    敗戦によって帝国支配を失い、連合国占領を経て主権回復へ進んだ。旧植民地では解放だけでなく、分断や戦争被害の継続も生じた。

  134. Kaart 134

    Küsimus

    1954年に発足した防衛組織は?

    Vastus

    自衛隊。警察予備隊などを経て、陸・海・空の各自衛隊が発足した。

  135. Kaart 135

    Küsimus

    1955年、保守合同と社会党統一によって成立した政治構造は?

    Vastus

    55年体制。自由民主党と日本社会党を二大勢力とし、自民党の長期政権が続く構造ができた。

  136. Kaart 136

    Küsimus

    1956年、日本が加盟した国際機関は?

    Vastus

    国際連合。12月18日に加盟が承認され、国際社会への復帰を示す節目になった。

  137. Kaart 137

    Küsimus

    1960年、条約改定と大規模な反対運動が重なった出来事は?

    Vastus

    新日米安全保障条約の成立と安保闘争。条約改定をめぐり、国会内外で激しい対立が起きた。

  138. Kaart 138

    Küsimus

    冷戦下の講和・日米安全保障・経済復興は、戦後日本にどんな体制を形づくった?

    Vastus

    対米同盟と経済復興を軸とする戦後体制。東アジアの冷戦構造と国内政治の選択が重なって形成された。

  139. Kaart 139

    Küsimus

    1960年安保後、政府の政策重点はどう変わった?

    Vastus

    政治対立から経済成長と生活向上へ重点が移った。政治的な対立そのものが消えたわけではない。

  140. Kaart 140

    Küsimus

    1960年、池田内閣が掲げた経済計画は?

    Vastus

    所得倍増計画。高度経済成長期の政策目標を示したが、成長の唯一の原因ではない。

  141. Kaart 141

    Küsimus

    設備投資・農村から都市への労働移動・生産性上昇が支えた経済成長は?

    Vastus

    高度経済成長。1950年代後半から1970年代初めまで、複数の要因が重なって続いた。

  142. Kaart 142

    Küsimus

    1964年を象徴する交通と国際行事は?

    Vastus

    東海道新幹線の開業と東京オリンピック。高度経済成長と国際社会への復帰を示す節目になった。

  143. Kaart 143

    Küsimus

    高度経済成長は社会と環境にどんな変化をもたらした?

    Vastus

    都市化と大量消費を進める一方、公害問題を深刻化させた。生活の向上には大きな社会的費用も伴った。

  144. Kaart 144

    Küsimus

    1972年、沖縄の施政権が日本へ返還された出来事は?

    Vastus

    沖縄返還。日本復帰後も米軍基地をめぐる問題は残った。

  145. Kaart 145

    Küsimus

    1972年、日本と中華人民共和国が外交関係を樹立した出来事は?

    Vastus

    日中国交正常化。日中共同声明によって国交が樹立された。

  146. Kaart 146

    Küsimus

    1973年、原油価格上昇で日本経済を揺さぶった出来事は?

    Vastus

    第一次石油危機。中東戦争を背景とする供給制限と原油価格高騰が、物価と成長に大きく影響した。

  147. Kaart 147

    Küsimus

    第一次石油危機を代表的な境に、日本の成長局面はどう変わった?

    Vastus

    高度成長から安定成長へ移った。石油危機は重要な転換点だが、変化を生んだ要因は一つではない。

  148. Kaart 148

    Küsimus

    主要国がドル高是正で協調したプラザ合意は何年?

    Vastus

    1985年。合意後に急速な円高が進んだ。

  149. Kaart 149

    Küsimus

    円高対応の金融緩和と資産価格上昇を背景に、1980年代後半に膨らんだ経済は?

    Vastus

    バブル経済。プラザ合意だけでなく、金融・財政政策や資産取引など複数の要因が重なった。

  150. Kaart 150

    Küsimus

    1990年代初めのバブル崩壊で、日本経済はどう変わった?

    Vastus

    資産価格の上昇局面から、長期停滞と不良債権問題を抱える局面へ移った。崩壊は一日で起きた出来事ではない。

土器を思わせる曲線から寺院・城郭、蒸気機関車、現代都市へ続く、日本史の抽象的な時間軸。

150 kaarti

共通テスト「歴史総合,日本史探究」重要年代・因果関係カード

Õpi seda kaardipakki tasuta

Nibomo avaneb, et saaksid õppimist alustada.